人生が変わるCafe「人と本と旅」⑥~伊藤 政人 34歳 メーカー海外支社勤務~
伊藤 政人さん 34歳 メーカー海外支社勤務
ベトナムに赴任して、もう2年になる。僕の勤める会社は世界中に支社を持
つ機械部品メーカーで、僕はベトナム支社の財務マネージャとして赴任して
いる。
今、会社勤めをする傍ら、有志の現地駐在の日本人と、日本語がまあまあ使
える現地の人たちと共に、座談会を定期的に開いている。
テーマはVisionary Work。
自分のビジョンは何か? 自分が創りたい、そう生きたい未来はどんな未来か?
そんなことを互いに語りあい、時にはそこからワーキンググループが生まれ、
新しい活動がはじまったりする。
現地のメンバーには、日本語を教える絵本読み聞かせワーキンググループや、
元歯科衛生士である、わたしの妻が中心となって歯磨きを啓蒙するグループ
などがあり、ワークショップを開いている。
1年前の自分を想像すると、今の自分がこんなことをやっているなんて信じら
れない。たった一つの出会いが、人の人生を変えるということが、本当にある
んだ。
今から約1年前。
2週間という長めの休みを利用して日本に帰国していた僕は悩んでいた。
「もう、今の会社をやめよう」
今の会社の中で、自分の将来をイメージした時に、ポジティブなイメージが
浮かばなかった。目立ったトラブルはないが、大きな変化もなく、日々淡々
と過ぎていくような感覚。
そんなことを思っていた僕は、この機会を利用して、興味のあるNPOや企業の
人たちと会ってみた。
みんな、キラキラしていて、眩しかった。それに引き換え自分は…。会って
話を聞くたびに、ワクワク感よりも焦りや不安が増していった。
「このままじゃマズい、このままじゃ。でも、今の会社を離れるなんて本当
に出来るのか?子どもはまだ小さいし…。 給与だって決して悪くない。ポジ
ションもマネージャだ。仕事が嫌でしょうがない訳じゃない…。でも、なん
か違うんだ。なんかこのままじゃダメなんだ…。」
そんな時、昔から一緒によくフットサルをやっていた仲間の一人、タケから
「久しぶりに一緒に球(たま)蹴るか?」とフットサルの誘いがあった。
翌日、久しぶりに昔の仲間と思いっきり汗をかいて、すっきりした。でも、心
のモヤモヤはまだ拭えなかった。
「タケさ、お前、今、人生楽しいか?」
フットサルの後に行った飲み屋で、タケに訊いてみた。
「なんだマサト。お前、人生悩んでるのか? 順調そうだけどな?」
僕はタケに、今感じている漠然とした不安や焦り、いろんな人の話を聴けば
聴くほど、それが強くなっていったことなんかを思うままに話してみた。
「そっか。で、マサトは何やりたいんだ?」
そうタケに問われた時、言葉に詰まった。出てこない…。何をやりたいかが
分からない。自分が自信を持って出来るって言えるものが何もない…という
より、よく分からない。断片的にはあるのだが、でも、それもなんか違うよ
うな…。
「マサト。今、自分が何したいかよく分からないって思ったろ? 自分が自信
を持って出来ることなんて何もないって感じか? でもな、何もないんじゃな
い。今までそれを見つめて言葉にしてこなかったんだよ。自分の内側と対話し
てないだけなんだ。」
「タケ…。」
「って、偉そうに俺も言ってるけど、俺も少し前はそんな感じだったんだよ。
でも、ある出会いから俺は変わったんだよ。まあ、今のセリフもその人から、
俺がそのまんま言われたことなんだけどな(笑)」
タケは、そう言っていろいろ話してくれた。
タケは自分で会社を立ち上げた。フットサルの素晴らしさをもっと世の中に伝
えたい!もっと心が動く瞬間をたくさんつくりたい。誰でも気軽に参加できて、
夢中になってボールを蹴られる機会があれば、心も体も元氣になる。フットサ
ルを通じてどんな人とでも仲良くなれる。そんな想いを形にしたのだ。
その会社を立ち上げて1年くらいの時、小さいながらも事業はまずまず形にはな
っていたが、それとは裏腹に、実は、心はどん底にいたらしい。
「なんのためにやっているのか?俺が本当にやりたいのはこれか? 俺だからこ
そ出来ることなんて何もない。誰だって出来ることしかやってない…。」
そんな時に、あるカフェに立ち寄ったのが運命だった。
『人生が変わるcafé ~人と本と旅』
そこで、オーナーの伊川さんに声をかけられた。後から聞いた話だが、たまた
まサッカー好きだった伊川さんはタケの会社のことを知っていたらしく、ロゴ
のついたボールバックに目が留まり、声をかけたんだそうだ。
伊川さんは、Visionary Work Designというコンセプトで、一人でも多くの人が
自分らしい生き方やはたらき方をして、それが世の中をよくしていくような、
そんな世界を創りたいというビジョンを持っているらしい。
タケが入ったカフェは、伊川さんの
「一人でも多くの人が、自分のVisionary Workを生きるきっかけと出会う場所
を作りたい」という強い想いから生まれたんだそうだ。
タケは、自分にとってのVisionary Workとは何かという問いに、あらためて真
剣に向きあった。そのcaféの片隅の席で、3週間に一度3時間ずつ伊川さんと対
話をしながら、自分の想いや、あいつの会社のVisionになっている言葉を紡い
でいく。一つ一つ丁寧に言葉にして、整理をしていくプロセスを通して、自分
の視界がどんどんクリアになっていったという。
タケは、その時に伊川さんに紹介された『自分未来編集』という本のことを教
えてくれた。そこには、たくさんの問いとその解説が書かれていた。僕はすが
るような思いで、その問いに答えていく。
そして、伊川さんにメッセージを送ったんだ。
それから、約半年。スカイプでベトナムと日本を繋いでの対話セッションが続
いた。伊川さんの映像の背景にはインテリアとして置かれているガジュマルが
いつも映っていた。そこは彼がcaféでセッションする時に使うお気に入りの席
ということも教えてくれた。
彼とのセッションで印象深かったのは、話をしていくうちに、不思議なことに
会社をやめるとかやめないとかがどうでもよくなっていたことだ。自分のやり
たいこと、大事にしたいことが明確になればなるほど、今までは会社を離れな
いと出来ないと思っていたことも、いながらにしていくらでもやりようがある
ことを知っていったのだ。むしろ、今ここにいるからこそ出来ることもたくさ
んあることに氣づかされて、それも自分にとっては嬉しい驚きだった。
このcaféには、オンラインコミュニティもあって、そこに自分のVisionを掲載
すると、そのコミュニティ上で共有される仕組みになっている。自分のVision
に対して、いろんなアイデアやコメントがもらえて、それを見ていると、逆に
何からやればいいか迷うくらい、やりたいことが溢れてくる。
ある時、伊川さんに、「自分も一人でも多くの人がVisionary Workをできるよ
うなサポートがしたい」ってことを話してみた。セッションをすればするほど、
自分がしたいことは、まさに伊川さんがやっているようなことだって氣づいた
んだ。
「今の会社の中でも、外にコミュニティをつくっても、どちらもやってみたら?
基本的なコンセプトさえ理解してくれたら、あとはマサトが自分流にアレンジ
してやったらいいよ。最大限サポートするよ。」
伊川さんは、そう言ってくれた。とはいえ、何からやったらいいんだ…。自分
に出来るのか?周りから変な目で見られるんじゃないか…。
いざ、「やってみたらいいじゃん」って言われると、自分の中に次々と怖さと
か不安が湧いてくる。
「そういう怖れの感情は、それだけ自分が本当にやりたいことに近づいてる証
拠だよ。本当にやりたいことだからこそ、それがうまくいかない状態になって
しまうのは絶対に避けたいって強い恐怖感が出てくるんだ。でも、そのほとん
どが自分の思い込みがつくってるドラマなんだよ。やりたいと思う。やってみ
る。何かが起こる。修正する。またやってみる。ただそれだけだよ。仮にうま
くいかなくてもそれはプロセスの一部。そこで立ち止まったらその先に見られ
る最高の景色を見損なっちゃうよ。それでもいいならいけどね(笑)技術的に
はファシリテーションとかコーチングとかを少し学んでみるといいと思う。関
心があるなら効果的な学び方を教えるよ。」
そんな風に言われる度に、小さな一歩を踏み出して、また少し戻って、また踏
み出して。想いが少しずつ形になっていき、いつの間にか、そんな自分を楽し
めるまでになっていった。
あのセッションが終わってから半年。久しぶりに日本に帰国した。
今日はあのセッションの後からこの半年の間に起きたこと、そして新たに生まれ
た次の夢の話を伝えるために、伊川さんに時間をもらっている。場所はもちろん
『人生が変わるcafé ~人と本と旅』
待ち合わせの1時間も前に着いた僕は、あのガジュマルのそばの席で、caféの人気
メニュー『ヒロコ’sカレー』を食べながら、この後の時間にワクワクしていた。